ちょっと遅いが、橋下府知事を支持してみる
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/081124/lcl0811242106002-n1.htm
教育に対する橋下府知事行動は評価に値する。というよりも、今時の教師にろくなものがいないということの現われなんだろうか。
> 「競争を強いることで子供の意欲がはぐくまれるとは思わない」との参加者の発言に対し、橋下知事は「競争を否定してはいけない」と反論。「先生から『競争はよくない』と教えられた子供たちも、高校を出たとたん競争の荒波にほうり込まれる」とし、「競争を否定できるのは絶対に倒産がない公務員だから。それが教員の無責任さだ」と述べた。
競争して教育者の地位を得たはずの人間がなぜこういう発言をするのだろうか、と半ば呆れてしまう。昔とある運動会の徒競走で全員お手手つないでゴールテープを切って「全員が一等賞」なんてことをやった学校があったそうな。アホじゃねえかと思ってしまう。早くなるために努力をして一番になれるだけの実力をつけた子の努力はどうなるのであろうか。実力をつけるには努力をするしかないし、努力の成果は競争によって報われるか、あるいは更なるレベルアップのための次の課題を提示される。競争しなきゃいけねえんですよ。ドラえもん曰く「(強くなりたかったら)スポーツで体を鍛えるんだ」。
> 続いて設けられた希望者の意見表明のコーナーでは、2人の教員が「教師はみんな一生懸命やっている」「知事への拍手が多かったのは意外だ」と発言。これに対し陰山委員は「一生懸命やっているということを理由にするな。プロなら結果の出ないような努力をするな」と反論した。
「問うに落ちず語るに落ちる」とはこのことよ。「一生懸命やっているから私たちを批難しないでくださいね」とでも言いたいのだろうか。人間嫌でも社会に出るし、組織に入ったら結果を出さなければいけないんだよ。必要とされたかったら必要とされるような人間にならなければいけない。一生懸命やったところで結果が伴わなければ代わりの人間を用意すれば良いだけのことなのだ。「一生懸命やる」のは、いろはの「い」である。いらない人間に給料を払ってやるほど、今の世の中は本来甘くは無いはずである。
> 討論会の後、報道陣の取材に橋下知事は「ヤジを飛ばしていた人たちは前回と同じ顔ぶれだった。前に比べて勢いがなかったのは、自分たちの主張が府民に受け入れられていないと(会場の雰囲気から)感じたためではないか」と話した。
そりゃあ府民の前であれだけ恥を晒せば当然である。府知事陣営の意見は、優れていると言うよりも、当然のことである。相手がヌルすぎるのだ。
私事だが、雇い主のセンター長からメールが届いた。アメリカ人で厳しい職業観の持ち主である。使えない講師を半年で辞めさせた例もある。それゆえに「他の講師よりも良い講師でいなければ」と思っていた。そのセンター長から「もっと続けて欲しい」と言われた。感無量だ。
教え子の外国人からメールが届いた。良く意見を出すいい生徒だ。「あなたはここで一番良い先生だ。あなたはサラリーマンをやってはいけない。」とのこと。思わず泣きそうになった。
始めは下手糞でも構わない。挫折しても構わない。競争させろ。挫折から這い上がった人間の方がはるかに強く、本当の意味で優しい人間になれるはずだ。
教育に対する橋下府知事行動は評価に値する。というよりも、今時の教師にろくなものがいないということの現われなんだろうか。
> 「競争を強いることで子供の意欲がはぐくまれるとは思わない」との参加者の発言に対し、橋下知事は「競争を否定してはいけない」と反論。「先生から『競争はよくない』と教えられた子供たちも、高校を出たとたん競争の荒波にほうり込まれる」とし、「競争を否定できるのは絶対に倒産がない公務員だから。それが教員の無責任さだ」と述べた。
競争して教育者の地位を得たはずの人間がなぜこういう発言をするのだろうか、と半ば呆れてしまう。昔とある運動会の徒競走で全員お手手つないでゴールテープを切って「全員が一等賞」なんてことをやった学校があったそうな。アホじゃねえかと思ってしまう。早くなるために努力をして一番になれるだけの実力をつけた子の努力はどうなるのであろうか。実力をつけるには努力をするしかないし、努力の成果は競争によって報われるか、あるいは更なるレベルアップのための次の課題を提示される。競争しなきゃいけねえんですよ。ドラえもん曰く「(強くなりたかったら)スポーツで体を鍛えるんだ」。
> 続いて設けられた希望者の意見表明のコーナーでは、2人の教員が「教師はみんな一生懸命やっている」「知事への拍手が多かったのは意外だ」と発言。これに対し陰山委員は「一生懸命やっているということを理由にするな。プロなら結果の出ないような努力をするな」と反論した。
「問うに落ちず語るに落ちる」とはこのことよ。「一生懸命やっているから私たちを批難しないでくださいね」とでも言いたいのだろうか。人間嫌でも社会に出るし、組織に入ったら結果を出さなければいけないんだよ。必要とされたかったら必要とされるような人間にならなければいけない。一生懸命やったところで結果が伴わなければ代わりの人間を用意すれば良いだけのことなのだ。「一生懸命やる」のは、いろはの「い」である。いらない人間に給料を払ってやるほど、今の世の中は本来甘くは無いはずである。
> 討論会の後、報道陣の取材に橋下知事は「ヤジを飛ばしていた人たちは前回と同じ顔ぶれだった。前に比べて勢いがなかったのは、自分たちの主張が府民に受け入れられていないと(会場の雰囲気から)感じたためではないか」と話した。
そりゃあ府民の前であれだけ恥を晒せば当然である。府知事陣営の意見は、優れていると言うよりも、当然のことである。相手がヌルすぎるのだ。
私事だが、雇い主のセンター長からメールが届いた。アメリカ人で厳しい職業観の持ち主である。使えない講師を半年で辞めさせた例もある。それゆえに「他の講師よりも良い講師でいなければ」と思っていた。そのセンター長から「もっと続けて欲しい」と言われた。感無量だ。
教え子の外国人からメールが届いた。良く意見を出すいい生徒だ。「あなたはここで一番良い先生だ。あなたはサラリーマンをやってはいけない。」とのこと。思わず泣きそうになった。
始めは下手糞でも構わない。挫折しても構わない。競争させろ。挫折から這い上がった人間の方がはるかに強く、本当の意味で優しい人間になれるはずだ。
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